渡辺えり子

Watanabe Eriko

 

1/5 生まれ 

山形県 出身

O型

 

 

山形県出身。舞台芸術学院、青俳演出部を経て、1978年から「劇団3○○」を20年間主催。
劇作家、演出家、女優として、また歌手として舞台、映像、マスコミのジャンルを問わず活躍する。
戯曲の他、エッセー集「えり子の冒険」「思い入れ歌謡劇場」など、著作多数。現在は山形新聞で、独自の切り口で綴るコラムも大好評連載中。

劇作家としては1983年「ゲゲゲのげ」で岸田戯曲賞、1987年「瞼の女 まだ見ぬ海からの手紙」で紀伊国屋演劇賞、
女優としては1996年「shall weダンス?」にて報知映画賞助演女優賞、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞など、数々の受賞歴がある。

1998年の劇団3〇〇解散後、2001年に演劇の枠組みに捉われない自由な表現を求めてユニット「宇宙堂」を旗揚げする。
新人育成のため、2003年より劇団に改めた。死者と生者が同空間に現れ、現実と幻想の世界をリアルに表現する渡辺の世界は独特なファンタジーとして定評がある。
混沌とした現代を生きる人間の困難さの中に生まれる確かな光を見出そうとする作品群であり、多くのファンを魅了している。

劇団活動の傍ら、「非戦を選ぶ演劇人の会」に参加。「反戦リーディング」という演劇人独特のアプローチで反戦を訴え続け、さらに、劇団外部の舞台も活躍が目覚ましい。
近年の外部出演では、2004年のシス・カンパニー『ママがわたしにいったこと』で、大竹しのぶ、木内みどり、富田靖子との4人芝居を熱演し、
中村勘三郎が勘九郎として最後の歌舞伎となった「今昔(いまはむかし)桃太郎」では友人として作・演出を手掛け、大きな話題となった。
2005年、 新国立劇場『コミュニケーションズ』では別役実、いとうせいこう、ケラリーノ・サンドロヴィッチなど、数々の作家が書き下ろしたコントオムニバスの演出を手掛け、
スティーヴン・キング作品を舞台化した『ミザリー』では小日向文世との二人芝居に挑戦し大好評を博した。また同年、伝統的な日本舞踊の興行『名古屋をどり』に出演し、
舞踊との異色なコラボレーションは関西において大きな話題を呼んだ。映画でも『いぬのえいが』(祢津哲久 監督)、『いらっしゃいませ患者さま』(原 隆仁 監督)、
『蝉しぐれ』(黒土三男 監督)など多数出演。

2006年からは、一般に向けた演劇私塾「渡辺流演劇塾」を開塾し、また、関東学院大学客員教授に就任するなど、可能性ある若い世代への育成につとめる。
映画では『明日の記憶』(堤幸彦 監督)に出演。
同年5月〜7月にかけて公演した、ニール・サイモン作『おかしな二人』(東宝)では、浅丘ルリ子との共演が“二大女優の共演”として大きな話題を呼んだ。